U2のボノ、ホームページで故パバロッティ氏を追悼

写真画像は、2000年1月26日、サンレモ(San Remo)で行われた音楽フェスティバルで互いをたたえ合う、U2のボノ(Bono、右)とルチアーノ・パバロッティ(Luciano Pavarotti)。(c)AFP・関連写真 3枚

【9月7日 AFP】6日に死去したルチアーノ・パバロッティ(Luciano Pavarotti)氏と生前に共演したU2のボノ(Bono)が同日、U2のホームページ(http://www.u2.com)上で追悼のメッセージを発表した。

「オペラを歌える人は大勢いる。でもルチアーノ・パバロッティは、彼自身がオペラだった。彼のようにメロディーや歌詞の世界に生きていた人間は他にはいない」と、ボノはパバロッティ氏をたたえるコメントを寄せている。「炎を歌う火山のような人だった。彼のオペラには喜びと悲しみ、非現実と現実とが同時に混じり合っていたが、命への愛情に溢れていた。素晴らしい寛大な友人だった」

 ボノは1995年に苦境にあるボスニアの人々に捧げた「ミス・サラエボ(Miss Sarajevo)」という曲をパバロッティ氏と歌っている。その当時を振り返り、「ものすごく面白い人だったよ。よくお世辞も言っていた。僕たちは彼のことをパブロバ(The Pavlova)ってあだ名で呼んでいたんだ」と述べている。

 また、パバロッティ氏は「押しの強い」人物だったという。「彼が誰かに何かをさせたいと思ったら、それを考え直させるのは至難の業だった。モデナ(Modena)での自分のコンサートにU2を出演させたいと考えたパバロッティが、予告なしに撮影隊を引き連れてダブリン(Dublin)に来たこともあったよ」

 ボノは前週、パバロッティ氏と話をしている。そのときの声は、「どんなロックバンドが出す音もささやき声に聞こえるほど、大きかった。溢れんばかりの愛情を伝えていた」という。「そこがパバロッティの理解されない部分だ。たとえその声が衰えたとしても音楽の解釈力のおかげで、彼はごく少数の一流とされる歌手たちの中でも巨匠になれたんだ」(c)AFP
posted by タレントの塊〜タレントやグラビアアイドル at 17:00 | 音楽・ipod
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